我が家は中学受験をしないことに決めました(番外編)




−−−なるほどね、なるほどね、あるある中学受験−−−−


東京に住み始めて27年になるが、どうしても馴染めないもののひとつが、
東京の中学受験というものである。

中学受験をするのが当たり前。少なくとも、わたしの周りではそうなのである。
これにはびっくりしている。


親自身が中学受験を経験して、子供にも是非という土壌が東京にはあるらしい。
なるほど!

また、子供には高校受験や大学受験をさせてくない、
なぜならば、それは苦しくつらい経験だからだ、という思いもあるだろう。
なるほど。大学の付属にいれることで、大学までストレートに進学できる。
確かに堅い選択だ。

それが、早稲田や慶応やMARCHなどの有名私大であれば、なおさらだ。

経済力があって、子供に十分な教育費をかけることができる家庭だけとは限らない。
貧乏な家庭は中学受験は最初からできないので、経済力をバックに子供の将来に未来の進路を小学生のうちに確保してしまうという「お得な」作戦だ。

なるほどねー。

あるいは、子供の将来を親が心配してというか、教育方針として、
公立中学校よりも内容のよい私立を望むということもある。

公立ではいじめや学級崩壊のリスクがあり、我が子がその犠牲になる、という心配もある。

貧乏人の子供と一緒に授業を受けるのが嫌という声まであるらしい。とほほ。


わたしも、大学受験では、中学受験が圧倒的に有利だと思う。
現役で大学に合格するためには、当然、受験勉強は前倒しで始めたほうがよい。
中高一貫ならば、6年間かけて大学受験の準備ができる。
中学校のうちに高校まで進み、高校三年生の一年間をまるまる受験対策できる。

それに対して、公立組は1〜2年の不利がある。
公立組は、小学校のとき、まったく勉強していないから、
小学生の5年生ぐらいから週に何回も有名塾サピックスに通う生徒と比べると、
学力が大幅に低いのは仕方ない。
そういうことがわかっていると親は焦るでしょうね。
わかりますよ。その焦る気持ちも。


そりゃそうだよね。中学受験が人気なわけだよね。
週刊誌も、私立学校はたくさん広告を出すから、受験に前向きな記事ばかり。

公立は広告なんて出さないから。


うちは、それでも、中学受験をさせなかった。
それには、うちなりの理由がある。


うちの「へんてこりん」な考えを紹介しましょう。


−−−リスク回避型の行動をとる親−−−−


わたしは、へんてこりんな考えをもっている。
それは、「厳しい環境で人は育つ」と思っているからだ。
普通は、厳しい環境は悪ですよね。でも、うちでは、善なんです。

親は子供の幸せを願うので、どうしても、子供に失敗をさせたくない。
その気持ちは痛いほどよくわかる。
だから、親は先回りをする。先回りをして子供を危機から救う。

でも、それは「へんてこりん」な考えにそまったわたしにとっては、悪です。


東京に住み始めて、子供がまだ小さいとき、
公園やモール内の子供の広場で頻繁に起こることといえば、
自然なおもちゃや遊具の取り合い。

子供同士が喧嘩をする。
ところが、東京では、子供は喧嘩しないのである!!!
いや、親が喧嘩する前に止めてしまうのだ。
あらららら。


せっかく喧嘩をしそうになって、いい感じというのに、
あれ、ここで??というところで親が止める。

喧嘩になりそうな気配でとめてしまう。


そんな折、わたしは、
「あーもったいない。せっかくの学びのよいチャンスだったのに」
と残念に思ったものだ。

おもちゃをとられて、嫌な思いをしたり、させたりしながら、
痛みを覚え、どうしたらよいのかを自分たちで考えるというのが社会的な動物、
響き合う動物人間である。

だから、子供がつらい思いをしていても、それは成長に不可欠なビタミンだ。
喧嘩を止められてばかりの子供は、心の発育不良となる。


親が子供の心の成長を意図的に阻害しているのだから、
一種の軽い虐待だねと私は思った。


うちは子宝に恵まれて男の子四人の家庭だから、兄弟喧嘩もあったが、
兄弟間の喧嘩をむしろ微笑ましく感じていた。

父親であるわたしが、どちらか一方の方を持つことはない。
一貫して何も言わない。

もちろん、どうして喧嘩になったのか、云々というくだらないことも聞かない。
どうせくだらないことが原因なのだ。聞いても仕方ない。

(わたしの妻は、喧嘩に負けて子供が泣いているとき、子供の泣き顔はなかなか撮れないといって、写真をとっていた)


徹底的に放置する。というか、もっと上から子供を見るのである。
喧嘩が始まったら、「おおいいねえー」とビデオにとるぐらいでいい。

喧嘩の後、兄弟間で気不味くなって、遊び相手がいなくなって、損をする。
結局、つまらない時間を過ごす羽目になるのは喧嘩した当人たちなのだ。

つまらない時間をつまらなく過ごさせて、どれだけ喧嘩が不毛であるかを
身を以て知らしめるのだ。

それから、学ぶはず。一歩、心が成長する、というわけ。


うちでは、小学校の高学年になれば、弟から売られた喧嘩を兄は買わなくなる。
はは、面白いね、と兄は喧嘩のネタを収める。

喧嘩をしたがる弟は未熟な生物ぐらいにしか思わなくなるからだ。


−−−多発する困難。それらがよい教育の材料になる−−−


何がいいたいかというと、
人生においては、いつも、いつも、困難は多発するわけ。

それに耐えて、みんなと事態をよい方向へと向かわせる「リーダーシップ」を身につけさせることは子供の生きる力となる。

生きる力は、子供の一生の力となるのに対して、
小学生の6年生のときの学力は、その時点での知識にすぎない。

子の生きる力にスポットをあてて育てるのが親の本来の姿のはず。
(よい学校にいれると幸せになるとはわたしは思わない。日本に生まれただけで奇跡でしょ。もう、十分、幸せなんだよ。)


リーダーシップを学ぶためには、できるだけ問題の多い環境で学ばせる方がよいに決まっている。

江戸川区には、荒れた公立も多いから、先生方もあえて江戸川区を希望する人は、ひとつの中学に留まることができる。

そして、心から感謝していることのひとつとして、
情熱を持ち、生徒を指導してくださる有名教師が多数、
地域で奮闘していただいている。

先生方は土曜日も日曜日も部活動を指導。
夏休みもほとんど毎日指導。
大変な負担だとは思うが、
「望んで教師になったのだから、部活動に情熱をそそぐのは当たり前です」
とおっしゃる。

「教師になって休みたいなんて、そんな教師は教師ではない」とも。

そういうことを平然とおっしゃる江戸川区の先生方。

わたしは、公立中学校を気概をもって運営する先生方の情熱に感動してしまうのです。


なるほど、江戸川で日本一の部活動が多いのにはこうした背景があるのだということがわかった。


荒れた江戸川というイメージがあるから、勤務地希望で、江戸川を選ぶ先生は少ない。
その中で、下町が好きで、江戸川をあえて希望する先生もいて、長期の地域へのコミットメントが可能となっているのである。


−−−小学生のときから公立中学のお世話になって−−−


子供たちは、土曜日も日曜日も小学生のころから、
公立中学のグランドを使用していた。

クラブスポーツに公立学校が協力してくれるのである。

中学校の先生たちが、土曜日や日曜日にクラブスポーツの小学生たちをリクルートすることもある。

うちで部活やってみないか?丁寧に教えるよといわれて、
スポーツ選手もあるクラブの小学生たちは、受験ではなく、
公立中学校へ行きたいと言い出すのだ。


−−−迷った時は、より困難な道を−−−


うちは、あえて、子供たちに困難な道を突きつけてきた。

息子がサイレント・ドラム・セットが欲しいといったとき、だめだといい、
仕方のない息子は、ダンボールでドラムセットをつくった。

勉強を思い切りしたいから個室が欲しいといったとき、それはだめといい、
みんなリビングのテーブルしか勉強場所がないようにした。


それはわざと、あえて、そうしたのである。

子供部屋は誰にもあげなかった。


あるいは、野球をやりたい、地域のチームに入りたいといったときも、
1年間はイエスといわなかった。

1年間、ずっと入りたい訴え続けたら、本気であると判断した。
実際、息子は一年間ずっといい続けた。
(親のサポートがすごく大変になるのがわかっていたから、親にも覚悟がいる。
わたしも結局、7年間、コーチをすることになってしまった。子供の気まぐれに、親は簡単にはイエスとはいえないのです。コーチをやったら、大変でしたよ。その間、我が人生における長期の計画を一時凍結しなければならなかったのです。)


だからではないか。
いまでも、子供はドラムを一生懸命やっているし、大学でも野球部で頑張っている。

親が簡単には許さなかったから、当人は、自分の意思の強さに自分で自信を持ち、だから、一生野球やドラムを続ける強さを身につけたのだ。


次男は勉強机がほしいといったが、親は許さないから、
これもやはり、段ボール箱を補強してMY勉強机(段ボール製)を作って、
結局、段ボール箱で高校受験の勉強した。

子が勉強したいのに親がサポートしない。
だからこそ、勉強したいという強い気持ちが持続した。
親が勉強をサポートしないから、かえって、もう自分のことは自分でやるしかない、と奮い立つ。


−−−−お前が生まれた場所にあるお前たちの学校なんだぜ−−−


公立中学校だから起こるクラスの問題、monster parentsの問題、
いじめの問題や不登校の問題も、これは、学校の問題ではない。
生徒たちの問題なのだ。

大人が口を出すこっちゃない。
子供たちが自分たちの仲間とどう関わっていくのか。
子供の心の成長は、幼馴染であるクラスメートたちと共に、である。


子供たちよ。当事者意識を持ちなよ。
もし、クラスメートが困っていて、なにも行動をしないなら、
お前らそれでも仲間なのかよと。

仮に、いじめがあったとしたら、それは生徒で解決しなさいよ。


「いじめなんてくだらない。そんなもの、俺が許さない」
という頼りになるリーダーが育てばば、そのクラスは安定する。

もちろん、最初から、頼りのあるリーダーなんていない。
クラスがひとりひとりが、頼り甲斐のある人間に育つように、失敗させて、
悩ませて、考えさせる、という循環を大人は見守ろうよ、と。


長男は、不登校の生徒の家をよく訪問して、学校での出来事を話していた。
親であるわたしは、勉強よりも、そういうことが大事であると息子とはよく話をしている。
お前が生まれた場所にあるお前たちの学校なんだ。
お前たちの学校ならば、お前たちでなんとかしろ、と。


こんなことを書いていると、いや、理想論だ、社会は変わらない、政治がダメだ、公立学校の先生はダメだ、という外野の声が大きくなるのはわかっている。


それでも、わたしは、子供たちに常々、こう言っている。

先生とか、親とか、つまんねえことをいっているんじゃねえよ。
言い訳並べてるんじゃないよ。親とか学校じゃないんだ。
学校で起こることは、先生じゃなくて、
生徒が自分で解決しなきゃならないんだと。

とにかく、言い続ける。

お前がなんとかしろ、と。


勉強なんか、どうだっていいよ。社会人になってから、いくらでもできる。
そういって、わたしは、自ら大学で勉強する姿を見せてきた。

親がアホみたいに必死に勉強すれば、もう、子供に「勉強しろ」なんていう必要なまったくない。
勉強は自分のために、自分の意思でやるべきものだからだ。

親がガイドして、やれば、そりゃ、小さいときはよいだろうが、
50歳を過ぎて、勉強するような大人になるだろうか。

子供の修羅場は50歳過ぎなんだから、
大学入試なんて修羅場でもなんでもない。
50歳過ぎて、親が弱ったときに、
よし、俺に任せろ、父ちゃん、母ちゃん、
といえる大人になってほしいのだ。


自分の周りの人に勇気と希望を与えられる人間に育ってほしいよね。
優しい男はたくさんいるが、夢と希望を与えられる男は少ないから。
今のご時世。

優しい男もいいけど、難事に立ち向かい、覚悟を決めて「俺に任せろ」といえる男になってほしい。

その目標に比べれば、大学入学なんてことは、大きなことには思えないのだ。


−−−自分を自分の意思で変える。自分の周りの人々をリスペクトする−−−



わたしが子供に伝えたい唯一のことは、
「世の中は変えられる!(自分は変えられる)」

というひとつの信念。もちろん、周りへの感謝を忘れてほしくない。


世の中は変えられる。だって、自分が自分を変えられるから。
自分が変わることは世の中が変わるということだ。

だから、人生は本気で努力する意味がある。
命にも、生きることにも、重大な価値があるのだ。

社会全体は無理かもしれないが、自分の周りの組織は変えられる。
自分の学校ぐらい、自分たちでなんとかしろよ、ということだ。
周りへ感謝しながら、で。
他者へのリスペクトをいつも胸に抱いて、強者に立ち向かい、弱者を守る人間になってほしい。


問題の多いところで、悩み苦しんで、いじめのターゲットになっても負けない
で強くなってほしい。

そして、我が子がいじめられても、
わたしは、いま、心の余裕があるから、こう思うのかもしれないが、
よくいじめてくれたと、いじめっ子を抱きしめてあげたいぐらいだ。

いま、多分、そういうステレオタイプのいじめっ子は少なくなっているのかもしれないけど。


−−ファーストネームで呼び合う!!!
   江戸川区の公立中学校の生徒たちは!−−



わたしが子育てで、よかったと思うことは、

1)保育園にいれたこと、
 そして、
2)地域のスポーツチームに入れたこと。(ボランティア組織)


保育園は、子供をファーストネームで呼ぶ。

そして、地域のスポーツチームのコーチや監督は選手である子供たちをファーストネームで呼ぶ。
だから、うちの子供たちは、小学校でも中学校でも、友達はみんなファーストネームで呼び合う。

こいつら、一生、お互いをファーストネームで呼び合うんだろうな。
いいな。いいな。

生まれた場所で育ち、生まれた場所にある保育園、野球やサッカーチーム、中学校で育った。

何か問題があったとき、ちょっと話を聞いてくるといって、
夜に息子たちが友達の問題に向き合っていた。


−−−S先生に感謝−−−


S先生。本当に感謝しています。
わたしたちの地域の学校を溢れる情熱で支えていただきまして、
感謝の言葉しかありません。

夏休み、お盆を除いて毎日の部活動。
部活の合間に勉強まで見ていただきました。

夏休みの部活が終われば、プールまで解放していただき、
子供たちは幸せものです。
学校の勉強をしっかりやれば、塾には行く必要はない、
ともおっしゃってくれました。


教師として、あえて、困難な学校を希望してくださいました。
いまの学校がとてもよい学校なので、実は、もっと困難な学校に転勤したいん
ですよとおっしゃった。

親たちは慌てて、先生、転勤しないでお願いします。
わたしたちも慌てました。まだ、転勤しないでくださいと。

子供たちは先生のことを心から尊敬しています。
大人が全力を尽くす姿に子供は学んだのだと思います。

その先生の見せた背中に、教育を見た。
わたしたちは心から尊敬しているのです。

このすばらしい江戸川の公教育。
学費が無償であることに感謝です。


日本株ファンドマネジャー
山本 潤


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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人のやらないことをやる

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 差別化戦略として、人のやらないことをやる、というものがある。

ノーベル賞の受賞者のコメントは、いつも、こんな具合ではないでしょうか。

「人がやっていないことをやっただけです。好きなことをやり続けただけです」
と。


うちのチームも人がやっていない、という意味ではある程度、尖ったところがあるのでそれについて書きたい。


証券会社のアナリスの属性を調べると、文系が3分の2程度であった。
だから、理系のリサーチを採用するのはどうだろうか、と思い、そうしてきたこと。

製造業の製品の分析をできるだけ深く行う。
レポートは200ページ!!になることもある。

また、CMAやCFAの資格、そして、MBA、経済、経営、統計という領域がファイナンスとは相性がよいのであろう。

だが、そういう分野は競争力のある方々が多い。
そこでまともに勝負して差別化できるとは思えない。


そこで、哲学(修士1人)、芸術(元プロミュージシャン1人)、理工学(物理1人、数学1人、工学2人)という分野の人たちをアナリストとして採用してきた。

要するに、需要と供給で決まるような価値(=株価)に、あまり興味を示さなかった連中を採用してきたってことですかね。


人がやっているけど、自分たちがやらないこととしては、以下のことがあげられる。

1)ブルームバーグは使わない。あえて株価を眺めない。
 (チャートブックを丹念に見るようにしている)
 (ブルームバーグ値段高すぎるでしょ!)

2)エクセルやワードやパワーポイントは使わない。
 (TeXやipython notebookで十分)
 (マイクロソフト高すぎるでしょ!)

3)投資尺度しては、PERとかPBRは使わない。
 (DDMとかDCFの方が正しい)
 (PERとかいい加減すぎるでしょ!)

4)日経新聞よりも歴史書とか哲学書とかノンフィクションものを読むようにしている。
  (日経新聞の記事って浅すぎるでしょ!)
  折角ならば、作者が10年かけて準備したものを読みたい。
  数日前に電話で取材した内容を読みたくない。

5)アナリストはMBAにみんな行くから、自分は理学部に行くことにした。

6)みんなが証券会社のアナリストと仲良くするから、自分は証券会社とは基本的にはお付き合いをしないように気をつけている。
  誰も電話かけてこないから、勝てるのかな!

7)みんなが、会社のPC使っているので、自分は会社のPCをなるべく使わないようにした。ただし問題のない範囲でやってます。

8)外資系のカップルはよく離婚するから、絶対に離婚しないぞ!と誓った。
  相当な努力の結果、離婚してませんよ!

9)みんな少子化だから、よし、子供はできるだけたくさん育てることにした。
  そうはいっても4人ですが、子育ては苦難の連続!!!!

10)よし、みんないい人間だから、おれは人間やめるぞ!
   とはいかないのが残念だ。

11)天国に行きたいとみんなは思うのだろうけど、わたしは断然に地獄に行きたい!地獄の方が断然面白いからだ。

12)みんなが短期志向だから、自分はどれだけ長期志向になれるかを考えた。
   考えた挙句、わかった。自分一代では無理。5代かかると考えた。

13)外資系金融といえば、高級腕時計や高級外車に乗っている人がいる。
   自分は絶対に高級腕時計はしない、
   死ぬまで外車は買わないと心に誓った。
   ベンツ乗っている人やBMW乗っている人、
   フェラーリやポルシェ乗っている人、他意はありません。
   どうぞ、ガンガン高級車味わってください。

14)みんな身だしなみに気をつけるから、自分はユニクロが擦り切れるまで着て、かっこ悪くても外見なんでどうでもよいことにした。
   靴下穴が開いても履き続けている。見えないから。
   スーツ毎日同じ。冬の間は下着も毎日は替えない。
   時間がもったいない。

15)みんなあまりに清潔にするから、頭や体を洗う頻度を落としたが、かえって、髪や肌がきれいになった。肌がつるつる。
   アナリストはみんな知っている。界面活性剤の恐怖を。
   いまのシャンプーでは毛根ひとたまりもないことを。

16)下町は住みやすく家賃が安い。江戸川区は最高だ。
   ファンドマネジャー仲間は、おしゃれな都会に住む人もいる。
   自分は高級住宅街には絶対に住めない。
   だって江戸川区だって大手町まで12分。それで十分。

17)わたしは、赤提灯しかいかない。クラブとかスナックとかいかない。
   同僚と飲むときは、串カツ田中。やすいです。
   たまに日高屋。もっとやすい。
   割り勘にはしない。基本的に自分で全部出す。
   へんてこりんな考えで生きているから。

18)外資系の人々はグルメだから、一生に有限の食事だから一回一回をおろそかにしない。
   わたしは、食事はたんなる栄養の取り込みだから、どこでもよい。
   たぶん、わたしはかなりの損しているのでしょうね。。。

19)もし、ペットをかうなら、断然、雑種。
   そして保健所からもらってくる。雑種は病気に強い。
   いま、亀4匹と金魚1匹。

20)みんながリストラするから、リストラはしないぞ!と心に誓っている。

21)面接では、みんな履歴書を持ってくるから、自分が採用するときは、履歴書はいらない、持ってこなくてよいぞーというようにしている。
   履歴書で人を判断しない。見かけや学歴でも判断しない。
   中卒ですが、といわれても、それが?と答える。
   目を見て、見込みがあると思ったから、中卒のアナリストを採用したことがある。


 外資系金融という特殊な世界では、当たり前のことが、世間一般では当たり前ではない、ということがよーくわかる。


日本株ファンドマネジャー
山本 潤


【数学講座参加者募集中!】

・応募は、okuchika.mail@gmail.comまで、題名を「数学講座応募」として、
 メールにて、お願いします。

・応募締め切りは3月17日23:59とさせていただきます。

・詳細はこのコラムの後段をご覧下さい。
 http://www.okuchika.net/?eid=6904


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数学のススメ




わたしも、気がつけば、人生下り坂の50歳代になりました。

それでも、いま、とても楽しいことがあります。

それは、数学なんです!!!
(数学科に在籍する社会人学生なんです)

多くの趣味の中から、数学を選んだのは、
老後をどう過ごしたいのかなあ??と自問自答した結果なのです。


==ご自身の老後を想像しましょ!老後は誰にでも来る===


老後の自分の想像図。老後、どんな人生をイメージしてますか?

俳句?ゲートボール?囲碁?将棋?

これらを満喫する老後も楽しいのでしょう!
ステレオタイプすぎないかな??
(とても奥深いのでしょう。が、あまりにもメジャーすぎるのでは?)

わたし自身は、こういう「老後」を想像したのです。


〜老後のわたし。一日の過ごし方〜

朝、ゆっくりと起きる。
コーヒーを飲みながら、若手数学者の論文を読んで過ごす。
しばらく格闘。でも、「わからない」と諦める。少し疲れている。
ま、いいかと、近所の土手を散歩をする。

昼間、小説を読んだり、庭をいじったり。
ふと、「わからないなあ」と朝の論文を思い出す。

しばらく、手をとめて考えている。
でも、「わからん!」と踏ん切りをつける。
そして、また、「ま、いっか!」と気持ちを切り替える。

そして、午後は、エッセイを書く。創作。量産。生産的に。

さて、疲れてくる。
ここで、フィンガートレーニング。
夕方に、ジャズピアノを練習し、夜は仲間とジャズ・バーで演奏する。

明け方4時頃、はっと起きる。
「昨日の論文、もしかしたら、こういうことなの?」とかドキドキしている。

5時まで布団の中で反芻。
結局、「違うな。なんだかよくわからん」と、またまたまた、諦める。
仕方ないから、二度寝する。

9時にゆっくり起きて、また、数学の論文を読む。。。。
そして、「くぅ、わからねぇ」とつぶやく。


==それで、数学に戻ります==



数学のよさ。

1)お金が全くかかりません!!!!
2)心は豊かになります!!!
3)ボケ防止に最適!!

こんな経済的な理系趣味をひとついかがでしょう。
(実験道具もいりません。実験場は頭の中)

ということで、自分が数学をやった経験上、
本当によかったと心の底からそう思っているんです。

だから、これは人に勧めないといけなんじゃないの??と思ったわけです。

週に1度ぐらい、興味のある社会人の方々を対象にして、
数学の入門講座を開催したいと思っています。

内容は、大学の数学ですから、かなり本格的なもの。
高校の数学を忘れている方、大歓迎。

大学数学の語彙を習得するのが道順として先だと
わたしは思っていますからです。

初学者や文系の方々熱烈大歓迎。
お気軽にお立ち寄りください。


=== 社会人のための数学入門講座 (平日の夜7時より開催) ====
==== 「大学数学の基礎講座」のご案内 ====



3月下旬より、週に一度、平日の夜(木曜日)の7時より
80分間の「大学数学の基礎講座」を開催します。

19:00ー20:20 講義と演習
20:30ー21:00 打ち上げ&反省会

場所は、文京区後楽園駅周辺を想定しています。

昼間、勤務する社会人が対象です。
夜も勉強なんて大変です!(とほほ)

大変かもしれませんが、週に一度だけ、数学の基礎を習得してみませんか?

講座は無料です。
講師は数学博士たちが対応します(一部、博士課程在籍者も講義します)。


さて、数学を始める最初の一歩として
数学語の習得や数学の方言になれるのがよいと思うのです。

大学の数学と高校までの数学はその概念に大きな違いがあり、
大学の数学科というものが、いまでも多くの落ちこぼれを出してしまう一因がその大きなギャップなのです。

しかし、一方で、大学数学の基礎を習得することで、
世界はぐっと広がるのも事実です。

数学書を独力で読みこなせるようになることが、
この基礎講座の最終的な目標です。

初心者の方々は、まずは、「数学語」をマスターしましょう。

数学語をひとつひとつマスターすることで集合論、論理、写像、最後に濃度という概念で1年間が終了します。

一回、一回、読み切りの講座です。
参加することに意義があり、わからないときは、わかるまでサポートします。

実際に、手を動かします。
本当の理解として定着させるために、演習問題を解くことが中心となります。

エンターテイメントとしては、500円ぐらいの会費制で
ビールやワインの一杯だけの30分打ち上げを行います。
(まあ、そのぐらいは自腹で無料としても、いいのですが。。。)

30分打ち上げで、ひとりひとりのニーズをできるだけ吸い上げるつもりです。

講座はビデオに撮影するので、後から家で復習できるようようにします。
(そうするのが目標です。できるかな??)


教える側のメリットについて。
社会人に教えることで、数学博士たちも数学の教授技法の向上を目指します。

これからは、面白くない授業は淘汰されます。
エンターテイメントの要素を交えます。
ですから、楽しい講座を目指します。

文系の方々、初心者の方々も是非、ご参加ください。


申し込みは、以下のようにお願いします。
締め切りは3月17日とさせていただきます。

応募時には、
「数学の何を勉強したいか」あるいは「講座に期待すること」
を簡単に書いてください。

講義内容の参考にするためです。


==発展==



基礎講座では、数学語を習得しますが、各自のニーズに合わせて、
以下のようなことも取り組みが可能です。

1)離散数学(位相がわからなくても高校のときの組み合わせ論で理解ができる)
2)自然数の分割(大学での研究対象で、奥は深いが、同上の理由で、初学者が対応しやすい)
3)線形代数(よい教科書は非常に難しく、簡単な教科書は単なる計算問題となっていて、もっとも教えにくい)
4)位相の基礎(これがいわゆる数学の腕立て伏せにあたるもので、絶対に必要だが、これ自体は面白くない)
5)トポロジー(これはわたしたちの専門分野なので、もし、ご興味があれば、是非、一緒に勉強しましょう)


==文系大丈夫です==


わたしは、もともと政治思想史専攻の文系出身です。

文系の社会人がどこにつまずくのかがわかっているからこそ、
開催したいと思っているのです。

また、ポストドクターのため、平日夜に社会人が数学を勉強する
というマーケットを都内であれば開拓できると見込んだからです。

平日夜の数学市場の開拓を目指します。


==ホームページも作りたい==(誰かよい知恵を教えてください)


この講座が将来のポスドク支援に繋がるように
活動を続けていこうと思っているのです。
(ボランティアでお手伝いしてくださる方も大歓迎です。
特にホームページの作り方、教えてください)


==IT活用したい==


サイボーズ等のフリーソフトでグループを作成したいと思います。
そこで出欠機能があるので、ITをできるだけ活用するようにします。

大学受験や高校受験の数学ではなくて、大学の数学のセミナーを
初心者、初学者むけに平日夜に開催します。

仕事帰りにちょっと教室を覗いてみませんか?遅刻OK.

誰でも歓迎。


入門講座については、大学の数学科の学部生のレベルですが、
高校数学までの前提がなくとも、大丈夫なような構成にします。

楽しく、明るく、ゆっくりと受講者のペースに合わせて講義を行います。
(先生方も手弁当ですので、当日、お手伝いなどをしていただける方、大歓迎です)


日本株ファンドマネジャー
山本 潤


【募集要項】

・応募は、okuchika.mail@gmail.comまで、題名を「数学講座応募」として、
 メールにて、お願いします。
 添付ファイルの場合は、5MB以下でお願いします。

・応募締め切りは3月17日23:59とさせていただきます。


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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ファンドマネジャー、株を語る 最終回




■ファンドマネジャー、株を語る  最終回


前回、永続する商品の話をしました。
また、永続する組織の話をしました。

ある時代下では、ある商品は国家が提供し、
また、ある時代下では民営化される。

ある組織は生き延びるために、商品をリニューアルしていく。
商品も変えていく。


そして、わたしたち、金融業界は、不確実性を計量することで、
理論的な株価を定めてきました。

おおむね、株のリスクは5〜10%程度の間と計測されています。
そうなると、遠くにあるキャッシュフローは大きく割り引かれます。
未来はゼロ査定されてしまいます。

遠い将来のキャッシュフローは無価値と算定される。

それで、短期志向となる。無価値なことを考えるのは合理的ではない。

でも、20年保有するつもりの人にとって、大事なことは、
20年後の時点からの将来。
つまり、20年後のその商品の見通しです。

まず、大丈夫だ、といえる商品に投資をしようと、
そういう話を延々としてきたのです。

全部で7回の連載でしたが、そのことだけを伝えるために書きました。


時代不変な価値は大事なはず。
でも、それは、短期志向の人にとっては意味がない。

また、こんな話をしたかもしれません。
株を長期に保有することは、業績を予測するという技術ではない。
それは、生き方の問題なんじゃないの?と。

自分が関わる社会への関わり方の問題じゃないのかと。


また、長く存在する商品は、決して強い商品だけとは限りません。
強いから残るわけじゃない。
弱くとも、空気のように、いつも、そばにある。そういうもののはずだと。

投資とは、もちろん、予測することや技能を競うことも含みます。
だが、投資の根っこには、わたしたち自身の「声」がある。

「願い」と言い換えてもよいかもしれない。

こんな世の中であってほしい。
こんなことは許されてはならない。
その願いや思いが、企業を動かす。

だから、わたしたちは、アクティブな行動的な投資をする。
それは、自分の態度の表明。生き方の表現です。

コストだけを考えて、
パッシブのインデックス投信には投資をしないという生き方。
有利か不利で人生を選ばないという態度。

わたしたちの日々の生活の中にある、他者への共感こそが、
投資の根っこの「声」と信じて。


社会を変えることは不可能だ、夢物語だ、そう感じる人は多いんだと感じます。

短期で儲かる、楽に儲かる、
そんな夢のような投資手法があればなあと思う気持ちもわからなくはない。


しかし、社会は、われわれが作るものです。
未来は予測するものではないのです。

人工知能が職を奪うのだと恐るのではなく、
人工知能のよさをどう活かすか、悪いところをどうカバーするのか。

それらは、わたしたちが決めるのです。
予想することではないのです。

予想するなとはいわないが、自らが社会参加し、
重要事項に意思決定に関わろうとする気概を持ってほしいのです。

他人事では生きているとはいえないでしょう?


個人個人は弱くとも、みんなの思いを集めることで、大きな声になる。
投資を通すことで、人気を集めた企業には、
やはり、資金調達力という「権力」が備わるようになっているのです。
自分のことしか考えない企業には資金の力は行かない。

他人のことを考え、思慮深く行動する企業に、パワーが与えられる。
でも、それは時代の風が吹く、わずかな間にすぎませんが。

われわれは、時代の風に翻弄される小さな木の葉のように
大海を漂う影響力のない小さな存在かもしれません。

われわれが分断され、孤立し、
ひとりひとりが短期的に振る舞う限りにおいては。


だが、能動的に自ら社会に関わり、声を集めて、
社会の課題を解決しようしている多くの企業たちが存在する。

そののことを、わたしたちは、どれだけ知っているといえるでしょうか?

彼らの懸命な姿を観察する。それも、感受性を持って。
それが投資の第一歩ですよ、と繰り返し伝えてきたつもりです。


くどいようですが、
われわれ一人一人の命は儚い。

遠い将来なんて、見つめる余裕はないと、
そう諦めるときがくるのでしょう。

だが、何世代にも渡って、着実に難題を解決していった先人たち。
苦難の連続だった。

歴史は繰り返しわれわれにその「先人の態度」を示してくれる。
それは、過去からのわれわれへのエールではないのでしょうか?

いまを懸命に生きることで、いまは開かれる。
ときに、それが将来を切り開くことにつながっていく。

いま、そして、将来を切り開くため、置かれた場所で努力する。
その生き様が、時代を超えていくのではないでしょうか?


人は、いくらお金を保有したかで、評価されるのではないのです。
何をしたかによって評価されるのです。

経済価値は、需要と供給で決まる。
そのこと自体には歴史的な意義はないのです。

損得の期待値は、リスクとリターンの計量の見込みで決まる、
たんなる「量」にすぎません。

だが、投資の成果は、わたしたち一人一人の生き方、態度、
価値観の総和で決まるのです。

大きな力は自分だけで決まらず、
自分だけで決まるものはいずれも小さな力です。

われわれの個々の小さな力を総和したものが投資の成果です。

そうであるならば、成果自体にとらわれないで、
この小さな力を発揮することに、力点を置きたい。

結果ではなくて、自らを発信し、発揮するという態度によって生きる。

何も変わらない結果を恐れて力をセーブするのではなく、
全力でぶっ倒れるまで走る。
他者を批判するのではなく、自分が全力を尽くす。
他者を強要せず、自らを縛る。



最後になりました。

みなさまにとって、もっとも大切な人たちへ、
みなさまの惜しみのない投資をお願い申し上げます。

それは、お金でなくとも構わないのです。
暖かい気持ち、感謝の心、応援するよというメッセージだけでもあっても。


それを受けたものたちは、心によって奮い立つ。

企業を単なるモノとしてみてしまえば、
彼らの懸命に生きる姿に心を打たれることもないでしょう。

だが、企業を、人の集合体として観察し、
この生きにくい世の中をともに戦う仲間であってほしいと願うならば、
彼らも、みなさまの気持ちに誠実に向き合ってくれるのではないでしょうか。

人は響き合う生命体です。
そして、企業とは響き合う人たちの集まりです。


アクティブ投資の大切さを世の中に伝えること。

それも、ファンドマネジャーの職務のひとつであると信じて、筆をおきます。


日本株ファンドマネジャー
山本 潤


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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ファンドマネジャー、株を語る(6)




■ファンドマネジャー、株を語る  0006


☆☆ 1000年続く組織について



英国のオックスフォード大学は、世界的に有名な大学です。
少なくとも1090年代には講義が行われていた、といいます。
1000年以上、続いていることになります。

少なくとも、卒業生の方々や英国民は、
「オックスフォード大学にはこれからも末長く存在してほしい」
と願うでしょう。

一方、オックスフォードの学生は、数年間で卒業します。


学長は次々と移り変わりました。
学生も移り変わっていきました。だが、大学は受け継がれていきました。
そういう意味で、学長の資質というものが、
どれほど、大学の永続性に重要であったのでしょう?

大学のスピリッツ(精神)は、時間軸や個には依存しないもので
なければならないのです。


☆☆企業とは何か??


企業にも大学と同様に存在意義があるでしょう。
社会への商品の供給者、新商品の創造者としての意義が。

株主、従業員、経営者は(人間だから)、すぐに死んでしまいます。
でも、商品の中には生き続けるものがあります。
それが社会的な価値を持つものであるならば。


商品の中には、時代を超えるものがあります。
だが、時代にとって、意味のない商品は淘汰され、時代に共有されません。


☆☆ 時代を超えるものたちについて


古典というものがあります。

日本には、日本書紀や古事記などがあるし、源氏物語もあります。

古代から残るものとしては、ソクラテスやプラトンなどの哲学は
現代に引き継がれています。

比較的新しいところでは、音楽で、平均律が普及したことで、
自由な転調が可能になり、B.S.バッハの音楽は、
400年前からずっと引き継がれています。

永続するであろうイベントは無数にあるのでしょう。
各競技のワールドカップ。オリンピック。
高校野球の甲子園大会等。


人は、他者と交わる過程で、共感という手段を手に入れました。
共感とは、固体として全く違う生命体同士が、その違いを超えて、
時代をも超えて、結びつく感情であり、それは、人間の情緒的な側面です。

「共感できる価値ならば、その価値観は生き残る」
と考えられないでしょうか?


☆☆私なりに、企業というものを定義してみると、こんな感じかな??


いま、社会の隅々まで見渡して、どんな小さな商品も企業によって
提供されているのです。
企業とは社会への供給システムだということを以前話しました。


1)企業とは、創造する組織。

 決して消費をするだけの存在ではありません。
 商品やサービスの創造者なのです。

2)企業とは、偏見やバイアスに支配される偏狭さを克服した存在。
 そうでなければ社会全体に彼らの商品は受け入れられません。
 人権を無視した組織運営は成り立ちません。

3)企業は、大多数の中に埋もれる受動的な存在ではない。逆に、社会を導く
  能動的なリーダーなのでは?
 企業は、必要なら大統領にも毅然とした態度を示す必要があります。

4)企業は、あらゆる社会的な矛盾を克服し、問題を解決し、矛盾点を昇華
  しようとする社会的な存在。
 そうでなければ、優秀な商品は開発されません。
 歴史的に見て、もっとも優れた商品が世の中で生き延びてきたからです。

5)企業は、短期で利己的なものではありません。長期に渡り、社会的に
  意義のあることを成す存在。
 もし、企業が利己的で、短期志向ならば、企業は過剰なリスクや拙速な経営
 判断を繰り返して、破産してしまいます。

6)企業とは、思慮深く、ステップ・バイ・ステップで成果を出そうと務める
  存在。
 そうでなければ、多くの企業が100年以上の歴史を誇っていることが説明
 できません。


読者へ:

企業を読者自身の言葉で定義してみてはどうでしょうか?
(わたしの定義のドラフトは、少し、企業に甘すぎますから。)


日本株ファンドマネジャー
山本 潤



====== 求む、勉強仲間!! 伝統の億近ゼミ、復活します!=====


【億近ゼミ開講のお知らせ】


2月末の締め切りです。
多くの応募があります。

4月から9ヶ月間ですが、少人数の純粋な勉強を目的とした会議を
13〜16回程度開催する予定です。

わたしの希望で、少人数とさせていただく可能性が高いので、
敷居は高くなってしまうかもしれません。

商品やサービスをひとつ取り上げて、その技術的な側面や歴史を記述する、
ということは、インターネット調査ではなかなかできないことです。

具体的な投資の手法や戦略については、多種多様であり、
また、どんな戦略も絶対的なものではありません。


例えるなら、錬金術でしょうか。

錬金術は、ゴールドでないものからゴールドを作ろうという
中世以降の試みでしたが、ご存知の通り、それは不可能なんですね。

ゴールドは、その希少性から経済的な価値は高い。

しかし、錬金術の結果、化学が進歩して、人類が真理へと一歩近づくことは、
社会への価値貢献になる。

ゴールドの価値とは違う、また、別の価値といえるでしょう。
ゴールドはすべての人々を幸せにはしません。

化学の進展は、すべての人々を経済的に豊かにしてきました。


ゼミでは、一般教養、学問、歴史、哲学、プログラミング、
こうしたものを駆使して、ひとつの商品について、
時代耐性を測ることに重きを置きます。

商品の時代不変量を測ること。


たとえば、ヘリウムをつかった冷却装置というものがありますが、
製造の現場では大切な役割を担っています。

比熱の問題から、冷却において、ヘリウムに勝る物性は、なかなかない。
だから、われわれは、時代を超えた不変性を、ヘリウムに見出す。

さて、その技術の祖先を辿るとその原理は昔からある。

ずっと前から、同じ原理、同じ仕組みであるにも関わらず、
ヘリウム冷却装置は、何十年も、「変わらず進化し続けている」のか!

「進化し続けている」と見ることもできるし、
「全く変わらない」と見ることもできる。

また、ヘリウムは原子としての大きさが小さい。
水素の次ですね。水素は爆発するから危ない。

ヘリウムは安定元素ですね。
小さくて危険ではないから、漏れなどを検知する気密検査に使われてきました。

昭和29年に実用新案(昭和30?12093)で三菱電機研究所が出願。
現在は広く使われている技術ですが、当時は普及していませんでした。
ヘリウムの持つ原理を用いたものですから時代不変量といえます。

昭和44年に日立の中央研究所は、すでに液体ヘリウムの低温を利用した
超電導原理を特許出願。
東海道リニアの原型となるアイデアです。
原理は昔からあった。しかし、普及時期には大きな隔たりがある。

何十年という大きな隔たりは、われわれの一生が短いから
それを大きいと感じるだけで、後世から見れば、
「発見されてすぐに実用化された」と記述されるのです。


商品別の時代不変量。

それを、いつか、誰かが、ちゃんと後世のために商品の歴史を
記述しなければならない、と個人的に思うのです。

ゼミでは、時代を超える「時代不変」を一緒に探しましょう。
時代不変量を商品ごとに計測することで、商品群の時代耐性を測る。

事業リスクが時間とともに複利で増大するので、時代不変量の重要性は、
株価には、すぐには反映されない。

だが、じわじわと時間が経つにつれて、複利で反映されていく。


ゼミでは、
1)投資の哲学
2)技術史作家への挑戦
3)データサイエンティストとのコラボ:一般入手可能な情報をまず使いこなす。

などを行います。


【募集要項】

・4月上旬より開催の予定です。
・開催期間は9ヶ月の予定です。
・開催頻度は月1〜2回です。
・開催曜日は土曜日か日曜日になります。

・参加費は無料です。

・開催場所は東京都港区です。
 参加者の居住地は問いませんが、開催場所へ開催日に来る事が難しい場合、
 メール等の手段により意思疎通が図れ、課題等が提出できる方、ご応募下さ
 い。

・年齢は問いませんが、18歳未満の方は保護者の同意が必要です。

・略歴、志望動機、ゼミへの要望などを気の済むまで書いてください。
 1000文字程度でお願いします。
 テキストのほか、word形式も可。

・参加にあたっては簡単な審査をさせていただきます。
 審査結果により、ゼミへ参加できない場合もありますので、ご了承ください。

・応募は、okuchika.mail@gmail.comまで、題名を「億近ゼミ応募」として、
 メールにて、お願いします。
 添付ファイルの場合は、5MB以下でお願いします。

・応募締め切りは2月28日23:59とさせていただきます。


また、先生役を努めてくださる準備のある運用業界バイサイドアナリスト、
ファンドマネジャーや証券業界の方々も、興味があれば、お声をわたしまで
かけてください。
但し、報酬はありません。ボランティアとなります。


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関し
ては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者
の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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山本潤氏の過去コラム → http://okuchika.jugem.jp/?cid=6


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ファンドマネジャー、株を語る(5)

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■「ファンドマネジャー、株を語る」執筆のきっかけ


現役ファンドマネジャーが株式投資について語る日々雑感です。
個別株の売り買いの推奨はありません。
それどころか、個別株についての言及はしません。

それでも、わたしは、株式投資が持つ本来の社会的意義については、
十分に伝えることができると思っています。

そして、投資のプロセスそのものが、投資家自身を幸福へ導く道標になると考えています。


わたし自身がそうでした。
投資を通して、世の中の仕組みがわかるようになりました。

投資により、経済的に恵まれるだけではなく、
投資というプロセスを通して、人としても成長できたように思うのです。


つまり、投資家とは、お金だけを企業に預けているのではありません。

投資とは、投資家自身の膨大な時間も高度な専門性も貴重な経験も
失敗から学んだ知恵もすべてを投資分析に費やすことです。

そして、その投資行為は、人を成長させます。


投資は以下の変化をもたらします。

単なる消費者から創造者に。
偏見やバイアスに支配される偏狭さを克服し、
普遍的で自由な思想を身につけることができます。
大多数の中に埋もれる受動的な存在から、
他者を導く能動的なリーダーへと変貌することができます。

ゼロサム的な思考や矛盾に悩む人は、矛盾を克服し、問題を解決し、
矛盾点を昇華する術を身につけることができます。


短期で利己的な人が、長期で意味のあることを成す人になることができます。
すぐに結果を出そうとする拙速な人も、
思慮深く、ステップ・バイ・ステップで成果を出すようになります。

たとえお金がなくても、株について考えることが、
豊かで幸せな人生を生きることに繋がっていくのです。

多少、大げさに響くかもしれませんが。



さて、わたしですが、外資系機関投資家(日本株アナリスト、日本株ファンドマネジャー)としての職歴はおよそ20年になります。

15年前に自らの運用手法を書籍「インベストメント」(北星堂書店2001年)にしましたが、多少、取材手法のみに偏った感がありました。

ファンドマネジャーが株を語ることは、
すなわち、職業について語ることでもあります。

株式ファンドマネジャーという仕事はこういう仕事である、という内容でもあります。

また、アナリストやファンドマネジャーを育成するのためのガチのガイドブックともいえるでしょう。

株式投資のもつ、社会的な価値が、あまり意識されない状況となっていることも執筆の動機のひとつです。

個別株の推奨はありませんし、具体的な運用戦略は紹介しません。

株式投資に関するノウハウは千差万別であり、どんな個別の戦略であっても、
メリットとデメリットがあるからです。

みなさんが「株式投資」についての考えを深めるための一助となるように、
株についての必要最低限の事柄を整理しました。



■ファンドマネジャー、株を語る  0005


☆☆インターネット調査の限界について


法人には寿命がありません。

グローバル企業が永遠に配当を払うのであれば、
その将来の累計金額はどれだけになるでしょうか。

配当の累計は、投資金額を相当上回ることは間違いないのですから、
長期存続できる企業に投資をするのが有利にはならないだろうか。

そんな話をしたと思います。


人間の将来は、個としての生命体としてみれば、数十年の寿命しかありません。
ですから、今日、明日のキャピタルゲイン以外に興味はないという投資家も多い、とも指摘しました。

投資家の大多数が短期志向が強いので、
勝つための戦略として長期志向で勝負をする、
というのがわたしの現時点での戦略です。


以下、私見です。


今日、明日の株価に一喜一憂することに、あまり意味はありません。

株価変動について、いくらどんなに考えても、そのことで、
何かを得ることはできないからです。

そうではなく、社会に対する企業の貢献を考えてみるとどうでしょうか。

ある会社が、なぜ、ある事業に対して、どうして、その事業に多額の投資をしたのか、を考えてみましょう。

あるいは、企業の歴史を振り返る、
企業と社会との関わりがはっきりとしてきます。
企業の果たした過去の行為がはっきりと見えてきます。

何事も、はっきりと見ることが肝心でしょう。


☆☆良い目を持つことが大切だと以前に書きました。
  良い目とは客観的観察



過去は客観的に観察できる。動かないから。
一方で、将来を見ることは難しい。
ならば、過去を観察し、将来のためのヒントを得る。


いま、大切なところに差しかかりました。

それは、「過去ははっきりと見える」という事実です。
ですが、過去の情報は普通はありません。
過去の情報は急速に失われるからです。


インターネットは投資家にとって、情報収集のためにの大切な手段です。
ですが、ネットには限界もあることを知ってください。

インターネットでは情報は一見、あふれかえっているように見えます。
でも、それらは、何かを今販売したい人たちが発信する情報が主体です。
500年前にどんな歌が流行ったか、ネットではわかりません。


☆☆情報はつぶやきでなんでも手に入るという誤解


例として、具体的に、
トヨタのクラウンをとりあげます。

現モデルについては、相当な情報がとれます。

だが、クラウンを20年前、30年前と、段階的に振り返り、
どこがどう進化したのかを分析する我々のような仕事にとっては、
インターネットでの情報収集は限界がありますね。

過去をよく眺めることで、未来に思いがはせられます。
トヨタはそのHPに過去の製品群や歴史資料館などで
昔の車種を現物で展示しています。

アナリストにとって、社史や博物館巡りや古書は大切な資料です。


少し大域的な話をします。

投資すべき会社の過去を整理して、未来に思いをはせましょう。

投資家が、自分の投じた資金が、未来へと続く素晴らしいサービスを提供する
会社に再投資され、人類の持続可能な社会の建設に一翼を担います。

株式投資の資金は人類の未来を作る原資ともといえるのです。


読者へ:

過去ははっきり見えるというが、インターネットで過去のことを調べることは
難しいものです。
たとえば、工作機械メーカーを選び、その工作機械のひとつを選び、
過去、その製品がどのように性能を向上させてきたでしょうか。
どうやって調べますか。

その値段や性能や形状などについて、年表形式でつくることは可能ですか。
どのようにして、製品の進化の歴史を書き残すべきでしょうか。



☆☆自らの言葉で語ることから始める


ネットは便利です。
もちろん、SNSもなんでもどんな情報も得られると思っている方も
沢山いらっしゃるでしょう。

あるいは、他者の評価を頼りにする人は、
「この会社はバフェットが買ったから買いだ」とか、
「このベンチャーはインテルが出資したから本物だ」
と他者の評価に依ってしまいます。

投資家は、それではダメです。

よくわかっている友人に聞いたら、この株がいいらしいぞ、
という態度では儲からないのです。

どんなに拙くとも、自分の言葉で世の中を表現する。
自分の分析で商品を評価する。
それが長い目で見れば、最短の「億の近道」です。


☆☆実際の株価と理論株価(企業実態)とを比べる。株と株とは比べない。


また、企業を評価するときに、他の企業と比べるのではなくて、
企業の業績とその企業の株価を比べるようにしてください。

トヨタの株は、トヨタの企業価値(業績や財務やそれらの見通し)と比べるものです。
トヨタの株価指標と日産の株価指標とを比べる人が多いのが非常に残念です。

株価指標というものは、会社同士を比べるものではありません。
企業の業績と株価との関係を整理するもので、
トヨタの業績と比べた株価が安ければ、
日産とは無関係にトヨタは買いとなります。


少なくとも、そういう態度で企業の株価を見るのが機関投資家の態度です。


日本株ファンドマネジャー
山本 潤


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)

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ファンドマネジャー、株を語る(4)

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■「ファンドマネジャー、株を語る」執筆のきっかけ


現役ファンドマネジャーが株式投資について語る日々雑感です。
個別株の売り買いの推奨はありません。
それどころか、個別株についての言及はしません。

それでも、わたしは、株式投資が持つ本来の社会的意義については、
十分に伝えることができると思っています。

そして、投資のプロセスそのものが、投資家自身を幸福へ導く道標になる
と考えています。


わたし自身がそうでした。
投資を通して、世の中の仕組みがわかるようになりました。

投資により、経済的に恵まれるだけではなく、
投資というプロセスを通して、人としても成長できたように思うのです。


つまり、投資家とは、お金だけを企業に預けているのではありません。

投資とは、投資家自身の膨大な時間も高度な専門性も貴重な経験も
失敗から学んだ知恵もすべてを投資分析に費やすことです。

そして、その投資行為は、人を成長させます。


投資は以下の変化をもたらします。

単なる消費者から創造者に。
偏見やバイアスに支配される偏狭さを克服し、
普遍的で自由な思想を身につけることができます。
大多数の中に埋もれる受動的な存在から、
他者を導く能動的なリーダーへと変貌することができます。

ゼロサム的な思考や矛盾に悩む人は、矛盾を克服し、問題を解決し、
矛盾点を昇華する術を身につけることができます。


短期で利己的な人が、長期で意味のあることを成す人になることができます。
すぐに結果を出そうとする拙速な人も、
思慮深く、ステップ・バイ・ステップで成果を出すようになります。

たとえお金がなくても、株について考えることが、
豊かで幸せな人生を生きることに繋がっていくのです。

多少、大げさに響くかもしれませんが。



さて、わたしですが、外資系機関投資家(日本株アナリスト、日本株ファンド
マネジャー)としての職歴はおよそ20年になります。

15年前に自らの運用手法を書籍「インベストメント」(北星堂書店2001
年)にしましたが、多少、取材手法のみに偏った感がありました。

ファンドマネジャーが株を語ることは、
すなわち、職業について語ることでもあります。

株式ファンドマネジャーという仕事はこういう仕事である、
という内容でもあります。

また、アナリストやファンドマネジャーを育成するのための
ガチのガイドブックともいえるでしょう。

株式投資のもつ、社会的な価値が、あまり意識されない状況となっていること
も執筆の動機のひとつです。

個別株の推奨はありませんし、具体的な運用戦略は紹介しません。

株式投資に関するノウハウは千差万別であり、どんな個別の戦略であっても、
メリットとデメリットがあるからです。

みなさんが「株式投資」についての考えを深めるための一助となるように、
株についての必要最低限の事柄を整理しました。


過去のコラム:
 ファンドマネジャー、株を語る(1)http://okuchika.net/?eid=6579
 ファンドマネジャー、株を語る(2)http://okuchika.net/?eid=6603
 ファンドマネジャー、株を語る(3)http://okuchika.net/?eid=6824



■ファンドマネジャー、株を語る  0004
 =会社の大規模化とその社会的責任=



☆☆ 株式会社の大規模化・グローバル化


人の一生は短いが、企業は名目的には永遠に生きる。
そして、企業価値は、将来の配当であるとしたら、
当該企業に、どの程度の「将来」が期待できるのか、
一度、よくよく考えてみては、という話をしましたね。

組織、商品、企業、配当等の「永続性」というものについて、
少々、思いをはせてみては?という話の続きです。

上場企業の形態である株式会社の歴史は、案外、浅いものです。


株式会社の歴史はせいぜい西暦1600年のイギリス東インド会社、1602年オランダ東インド会社あたりがはじまり、とされているようです。

ですが、中世であっても、たとえば、ベネチア共和国の商人たちは
12〜16世紀あたりでも航海事業はプロジェクト投資の仕組みを有していました。
造船技術や航海技術(羅針盤)の向上などで、大量に物資を輸送できるようになったことで、商業が発達したのです。

その後、広く資本を集う形式となり、
株主の責任が出資額以上にはならないことを保証することで、
株式会社形態が急速に普及していきます。

さらに産業革命により、大陸横断の高速海路が開拓されます。
そして、大陸を横断する鉄道プロジェクトなどが始まります。

鉄道によって、広く一般市民にも株が公開され、
多くの株主が生まれるきっかけになりました。


ここで、株主が有限な責任しか負わないという意味は、
当初、出資した金額以上には損失がでません、という意味です。

上場株に投資するならば、買った金額はゼロ以下にはならないということです。

当たり前ではないか、と思われるかもしれませんが、
社会的な責任は、一般的には有限ではありません。

消費者金融は過払い金を払うことで、存亡の危機に陥りましたが、
株主に過去の配当を返せとは言えないのです。

あるいは、東電が廃炉までのコストを全部、株主が負担すれば買った金額がゼロになるばかりではなく、
株主に多額の賠償責任が発生することになります。

そうはならない、ということです。


株式投資の最大のメリットであるリスクの限定性。

出資リスクが出資額に限定されることで、
出資者は安心して投資が行えることになりました。

効率的な事業主体が徐々に規模を拡大していく一方で、
非効率な零細業者が淘汰されます。


すると、ありとあらゆる分野で富の集中と寡占化が進むことになります。

もし、国家が制限を設けなければ。


☆☆ テクノロジーの進展と生産性の向上


印刷、火薬、顕微鏡、産業革命をもたらした蒸気機関。

生産性で圧倒するテクノロジーと株式会社との相性は抜群です。

大規模な設備や最新鋭の機械は十分な資本を必要とします。

十分な資本を集めるときに、広範囲に集めることができて、
リスクが限定される株式会社への出資は、
大規模プロジェクトには合っているからです。

そして、世界中に未開拓の需要(市場)があったこと。
また、事業の特性。規模の経済が効くこと。
大規模で広範な出資が必要になったこと。
競争の結果、寡占化が生じたこと。

以上、様々な要因が重なり、グローバルで活躍する大企業が誕生しました。


☆☆便利さと快適さの追求と「加速」するイノベーション。
  急拡大する生産能力。



現代資本主義社会において、株式会社は社会のほぼすべてのニーズに応える主な供給者となりました。

株式会社によって供給されるモノやサービスは、電気、ガス、通信、鉄道、海運、空運などの社会インフラだけではなく、
あらゆる種類の食品、雑貨、衣料。音楽、映画、書籍、テーマパーク等のエンターテイメントは企業が提供します。

マンション、オフィスビルなどの不動産、ありとあらゆる製品、商品、サービスは株式企業が提供するようになりました。

その供給能力は、どの分野においても、過去から、現在にいたる過程で、
数倍から数百、数千倍と劇的に増大しました。

たとえば、産業のコメと呼ばれる半導体は、情報処理の容量ベースでは、
年率で倍増するペースで伸び続けているのです。


人類は、産業革命以降、化石燃料と蒸気機関の発明により、
急速なテクノロジーの発展、もしくは、イノベーションにより、
生産性を格段に向上させる手段を有するようになりました。

太古の人力から、牛や馬に頼った中世、
蒸気機関により万力が可能になったため、
「早いもの勝ち」という陣地取合戦がグローバル規模で起こりました。

動力が牛馬や人力に頼っていた古代エジプトのピラミッド建設では、
数十年に渡る建設期間が必要でした。

いまや、100トントラックがタイヤの径だけで数メートルもあろう
強力建機で作業効率は格段に向上しています。

真空管やトランジスタ、その後の半導体集積回路の微細化等、
多くのイノベーションにより、人々の生活は快適で便利なものになっていきました。

学問も格段の発展を遂げました。

数学、化学、物理、工学では、ほとんどすべての学問領域で驚くような進展を見せました。


この100年間、200年間の進化は、
それまでの人類の数千年の歴史を合わせたものよりも、
大きな進化や深化を遂げているのではないでしょうか?


☆☆技術革新による負の一面。デフレについて。
  命はイノベーティブできないことについて。



テクノロジーの進展によって、生産性が高まり、
供給能力は多くの分野で過剰気味です。

加えて、コストダウン努力や競争激化から工業製品については
デフレ色が強まっているように思える。

ただし、農産物などの一次産業は、命そのものを扱うため、
情報産業や工業と違い、それほど生産性をあげることができません。

稲には稲の時が流れるのであり、いま植えて何分後に収穫できるようなものではありません。

工業製品のように性能を年々改善できるものではないのです。


その農業の生産革命は窒素化学肥料の大量生産の確立でした。
また、遺伝子組み換えや品種改良等も生産性向上に貢献しました。

この数十年間で農業の生産性は数倍になったのも事実です。

ですが、とても、工業製品の数千倍、通信情報量の数千億倍という供給力の増加ペースには追い付きません。

食糧の生産増加にともなって、世界の人口も増加していますが、
技術進歩による製品やサービスの供給能力の向上はそれ以上でしょう。

テクノロジーの進化は、生産能力、供給能力の向上による工業製品や
IT製品やITサービスの食糧と比べた「相対」価格の低下要因となります。

その結果、情報関連のサービスや工業製品については、世界中がデフレ色で覆われるようになりました。


一方で、食料は大規模災害や天災によって、簡単に供給不足になります。
デジタル技術がやすくなり、便利になり、効率的になる一方で、
人間の命の根幹に必要な水や食料は、
不安定な供給に頼ることになっているのです。

大規模災害でサプライチェーンが分断されると、自給率の低い日本人の一部は餓死してしまうリスクがあることを物語っています。

実際、戦後の食糧難のとき、この日本で1000万人餓死説が流れるなど、
大多数の日本人は飢餓に苦しみました。
サプライチェーンや電化製品への過度に依存しなければならないわたしたちは、脆弱な基盤の上に成り立つ社会を生み出しているのです。


☆☆株式会社の社会的な供給責任。生活の隅々にまで入り込む株式会社


いま、株式価値を考える上で、配当の継続期間について議論をしていました。

株式会社について、考えを掘り下げているため、
話題は横道にそれているように見えますが、しばらく我慢してください。


現代においては、株式会社は普遍的な存在となった、というところまで話してきました。

ですから、今後も、株式会社が世の中の供給を一手に引き受ける体制が存続するだろうを仮定してもよさそうです。

社会に対する製品やサービスの主な供給者が、個人であった時代は終わった。
いま、社会への供給責任を果たすのは大きな株式会社です。

上場企業は、誰でも株主となることできる。社会に開かれている存在です。
社会に対する供給責任が会社にあります。そして、需要も社会全体にあります。


☆☆ビジネスサイクルとステークホルダーについて


社会からの需要が存在することで、株式会社には、売上が立つ。
売上の元となるサービスや製品が社会と企業との接点です。

どんな企業にも、取引先や協力工場など、関係の深い友好的な企業集団が関わっています。

ある企業の原価は、別の企業の売上となって、企業間でサプライチェーンが構築されています。

そして、資本の足りない部分を銀行借入や社債が担うが、それらで、
工場新設や運転資金などを融通し、彼らには、利息や利払いをします。

これが金融業界と社会との関わりです。

そして、国や地方自治体があり、彼らには税金を納めます。
税金が納められることで、社会の公的なサービスの継続が可能になります。

そして、このビジネスサイクルを指揮するのが経営者であり、
経営者は、税引き後の利益から役員報酬を得ます。


さあ、ビジネスが上手くいく場合、最終的に、株主が配当を得て、
それでも残った利益が企業の内部留保となります。

戦後、このスキームはうまく機能していましたが、80年代からの法人減税、
高所得者への減税などで、いまは、ほとんどの企業がオフショアを活用して、
十分な税金を納めません。

よって、富が企業に集中している状況が今日の姿です。


しかし、会社の存在は、言うまでもなく、まずは、需要家である社会からのニーズに依っています。

その意味で、

「株式会社とは、社会に対して商品サービス等の供給責任(リスク)を負うシステム」

であり、株主はそのリスクの一部を負うのです。

社会の構成員は、誰でも、それぞれが社会に対する責任を負う。
株主も社会の構成員であるから、
商品の供給という社会的な責任を負っているのです。

特に、供給を一手に担うグローバル企業には、
非常に重い社会的物資の供給責任があります。


☆☆身近な存在となったグローバル企業と株式投資


最初に、永続する配当列の例え話をしましたが、配当は永続するのか。
その前提は、人間が滅びないと仮定するしかありませんでした。

株式会社は、社会への供給責任を負い、従業員に雇用を提供することで、
社会に貢献することになります。
利潤が残れば、利潤は社会への新たな供給責任を果たすために再投資されます。

会社は、あくまで、社会の公器であり、社会の構成員の生活の安定の上に存在しています。

上場企業が、その姿勢を失ったときは、企業は存続意義を失うでしょう。

存続意義を失えば、会社は継続できません。

競争力を失っても、社会的な責任を果たせなくても、いずれの場合も、
配当は途切れてしまいます。

そうした会社と社会との基本的な関係を、投資家は認識しなければならないでしょう。


今回、株式会社は、良い悪いは別にして、国際社会と地域社会の人々の生活の隅々まで入り込んでいることを認識しました。

そして、当然の疑問がわいてきます。

これでいいのでしょうか?と。


みなさまへの質問

格差社会解消の有力な手段として、グローバル企業は
解体されるべきでしょうか?

若者を中心に、格差固定に対する社会への不満が鬱積しています。
確かに、テロや戦争で既存秩序が破壊できるのであれば、
戦後の何もないところからスタートした日本のように、
多くの個人商品にビジネスチャンスが巡ってくるのでしょう。

格差の固定をどの程度、許容するべきなのでしょうか???

みなさまからのご意見をお待ちしています。


日本株ファンドマネジャー
山本 潤



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【億近ゼミ開講のお知らせ】

=長期志向の投資仲間でゼミ開催へ=

長期志向の投資家を育成したいと思っております。
個人投資家の方との情報交換会も兼ねて、4月から億近ゼミを再開します。

無料ですので、土日に東京で出席できる方、あるいは出席できない方は
メール手段により意思疎通が図れ、課題等が提出できる方、ご応募ください。

課題は、このコラムで、「読者へ」と出ている問題、あるいは、
ご自身の問題意識で書かれたレポートや単純な質問でもなんでも。

すべて返信することは時間上できないかもしれませんが、なるべく丁寧に
対応いたします。

ただし、個別株の売り買いの判断や相場の上昇下落に関する意見については、
わたしは答えることはできません。
あくまで、投資哲学、投資戦略や相場環境の分析手法に関する知識やノウハウ
を高めるためのゼミです。


過去のゼミからは、何人か機関投資家アナリストやファンドマネジャーが
育ちました。


10人−15人程度の少人数ゼミを月に1〜2回、
土曜日または日曜日に開催します。

開催日は、2017年4月上旬以降の土曜または日曜日の午後です。
ゼミの開催は、9ヶ月間です。


今回、ゼミのテーマは、明確にやりたいことがあります。
アクティブ運用と人工知能とのコラボへ向けた努力を行います。
わたしの今年やりたいことを凝縮した純粋な勉強会です。

1)ファンダメンタルズ分析について基礎の復習する。株価理論。
(株の理論や業績予想の実際を勉強したい方を想定)

2)特許分析。特許を読むための方法論。
(株式投資の幅を広げたい方々を想定。エンジニアで株に興味のある方。)

3)ビックデータを分析する。POSデータの業績予想への応用手法を勉強する。
(大量のポスデータを用意します。株式投資における機械学習を勉強したい方
 を想定。python、VBA)

4)長期の財務データを分析する。個別企業の70年分のデータを活用する。
(長期投資への理解を深めたい方々を想定。全上場企業の70年分の長期のデ
 ータあります。)

の4つです。

1)と2)は最初の1−2ヶ月は全員参加となります。
3)と4)はゼミの後半(初夏以降)となります。

成果はゼミ全体で共有します。

ゼミの先生は、現役ファンドマネジャー、バイサイドアナリスト、特許庁の
審査官や現場のエンジニアの先生方、各分野の工学博士と理学博士です。
わたくし、山本潤(英系投資顧問のファンドマネジャー)が進行役を努めます。


【募集要項】

・4月上旬より開催の予定です。
・開催期間は9ヶ月の予定です。
・開催頻度は月1〜2回です。
・開催曜日は土曜日か日曜日になります。

・参加費は無料です。

・開催場所は東京都港区です。
 参加者の居住地は問いませんが、開催場所へ開催日に来る事が難しい場合、
 メール等の手段により意思疎通が図れ、課題等が提出できる方、ご応募下さ
 い。

・年齢は問いませんが、18歳未満の方は保護者の同意が必要です。

・略歴、志望動機、ゼミへの要望などを気の済むまで書いてください。
 1000文字程度でお願いします。
 テキストのほか、word形式も可。

・参加にあたっては簡単な審査をさせていただきます。
 審査結果により、ゼミへ参加できない場合もありますので、ご了承ください。

・応募は、okuchika.mail@gmail.comまで、題名を「億近ゼミ応募」として、
 メールにて、お願いします。
 添付ファイルの場合は、5MB以下でお願いします。

・応募締め切りは2月28日23:59とさせていただきます。


また、先生役を努めてくださる準備のある運用業界バイサイドアナリスト、
ファンドマネジャーや証券業界の方々も、興味があれば、お声をわたしまでかけてください。
但し、報酬はありません。ボランティアとなります。


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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ファンドマネージャ、株を語る(3)

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■「ファンドマネージャ、株を語る」執筆のきっかけ


現役ファンドマネージャが株式投資について語る日々雑感です。
個別株の売り買いの推奨はありません。
それどころか、個別株についての言及はしません。

それでも、わたしは、株式投資が持つ本来の社会的意義については、
十分に伝えることができると思っています。

そして、投資のプロセスそのものが、投資家自身を幸福へ導く道標になると考えています。


わたし自身がそうでした。
投資を通して、世の中の仕組みがわかるようになりました。

投資により、経済的に恵まれるだけではなく、
投資というプロセスを通して、人としても成長できたように思うのです。


つまり、投資家とは、お金だけを企業に預けているのではありません。

投資とは、投資家自身の膨大な時間も高度な専門性も貴重な経験も
失敗から学んだ知恵もすべてを投資分析に費やすことです。

そして、その投資行為は、人を成長させます。


投資は以下の変化をもたらします。

単なる消費者から創造者に。
偏見やバイアスに支配される偏狭さを克服し、
普遍的で自由な思想を身につけることができます。
大多数の中に埋もれる受動的な存在から、
他者を導く能動的なリーダーへと変貌することができます。

ゼロサム的な思考や矛盾に悩む人は、矛盾を克服し、問題を解決し、
矛盾点を昇華する術を身につけることができます。


短期で利己的な人が、長期で意味のあることを成す人になることができます。
すぐに結果を出そうとする拙速な人も、
思慮深く、ステップ・バイ・ステップで成果を出すようになります。

たとえお金がなくても、株について考えることが、
豊かで幸せな人生を生きることに繋がっていくのです。

多少、大げさに響くかもしれませんが。



さて、わたしですが、外資系機関投資家(日本株アナリスト、日本株ファンドマネージャ)としての職歴はおよそ20年になります。

15年前に自らの運用手法を書籍「インベストメント」(北星堂書店2001年)にしましたが、多少、取材手法のみに偏った感がありました。

ファンドマネージャが株を語ることは、
すなわち、職業について語ることでもあります。

株式ファンドマネージャという仕事はこういう仕事である、
という内容でもあります。

また、アナリストやファンドマネージャを育成するのための
ガチのガイドブックともいえるでしょう。

株式投資のもつ、社会的な価値が、あまり意識されない状況となっていることも執筆の動機のひとつです。

個別株の推奨はありませんし、具体的な運用戦略は紹介しません。

株式投資に関するノウハウは千差万別であり、どんな個別の戦略であっても、メリットとデメリットがあるからです。

みなさんが「株式投資」についての考えを深めるための一助となるように、
株についての必要最低限の事柄を整理しました。


過去のコラム:
 ファンドマネージャ、株を語る(1)http://okuchika.net/?eid=6579
 ファンドマネージャ、株を語る(2)http://okuchika.net/?eid=6603



■ファンドマネージャ、株を語る  0003


☆☆ 理論株価の算定について


今回は、「株の価値」について考えます。

株式の価値は、ファンダメンタルズ分析では、財務状況を加味しつつ、
主に、将来の配当の見通しをベースに算定します。

財務状況でネット・キャッシュを評価。固定資産であっても時価評価が高ければその分評価は高くなります。

建築コストが5年前いまの7割だったして、5年前に建設したものについて、
それを今作ったらいくらになるのかといったことも評価対象になります。

そして、将来の配当見通しは、配当が企業が利益の範囲内で安定的に支払われるものだとして、利益の将来予想の中から配当を推定します。

配当は将来、ずっと支払われるものですから、株式を保有すればするほど、
受け取り配当の累計額は大きくなります。

結局、理論株価とは、財務内容と配当の見通しから説明されるのです。


☆☆ メンドリの価値


毎日、卵を産むメンドリの経済的な価値を考えてみましょう。

メンドリが産んだ卵の累計数と卵価格との積が経済的な価値になります。

メンドリが卵を産むことができる期間は、メンドリの齢と健康状態から、
ある程度は推定できますが、はっきりとはわかりません。

そして、卵の価格は、マーケットが決めることで、日々、動くものです。

メンドリの経済価値の算出には不確実性が宿るのです。

永遠に卵を産み続けるメンドリがいるとすれば、その経済的な価値はいくらになるでしょうか?

永久のキャッシュフローであっても、ある条件下では、現在価値に直すことができます。

メンドリを株式に、また、卵を配当に置き換えると、株式の価値はいかほどになるでしょうか?

また、メンドリの寿命や健康状態は、企業の事業環境や財務状況と置き換えることができるのでしょう。

いろいろな前提をつけて、メンドリの市場価格を想定してみてください。


株式投資に際しては、投資対象となる企業の継続性が重要な要素のひとつとなります。
つまり、ある企業があれば、その事業からの意味のある配当はどれほどの期間、継続するのか。
配当の継続期間について、予想してみることは、投資理論の第一歩です。


☆☆株式会社の中には永続するものがあるでしょうか?


=人類はおそらく、誕生以来数百万年の存続期間の中で、いまがもっとも絶滅に近い=

株式投資というものを、きちんと紹介するのが、執筆の目的のひとつですので、

投資先企業の寿命を考える前に、その企業が存在する現代社会という器について考察をする必要がある、と述べてきました。

所詮、世の中があってこその企業ですので。


地球が誕生して、50億年といいます。
宇宙が誕生して、150億年だそうですね。

物質は「永続する」といえるかもしれない。
(原子の寿命は何10億年といわれていますね。)

肝心の人間はどうでしょうか?
200万年前から存在しているそうですね。

だから、人間の営みというものに対しても、ある程度、永続性を仮定してよいでしょうか?

おそらく、産業革命前までの人類の在り方であれば、人の種としての永続性を仮定できました。

それは、地球環境の範囲内で、自給自足、環境負荷をかけない生き方をしていたからかもしれません。


☆☆ 果たして人類は存続できるのでしょうか?


いま、人類が存続できるかどうかは、人類自身でもわからなくなってしまいました。

この100年のテクノロジーの急速な進展。
資本主義経済の繁栄の中で、個人主義が台頭し、人は多くのものを所有できるようになりました。

誰でも武器が手に入るようになり、それを所有することができます。
(テロリスト集団の武装!)

そもそも、すべての国に自衛権があり、大国は、人類を何回も滅ぼすことのできる核弾頭を保有しています。

一方、経済格差が広がり、テクノロジーの普及により、生産性が高まることで、
多くの物資は供給過剰となるものもあります。
(中国の余剰鉄鋼!)

経済的に報われない貧困層が増え続けています。
科学技術の大きな進歩で、一人の狂人が核兵器を手に入れれば、無差別に世界を破滅させてしまうかもしれませんね。

隣国ではありますが、日本とは同盟関係にはない北朝鮮の核弾道ミサイルの保有も明らかになってきました。

人はおそらく、誕生以来数百万年の存続期間の中で、いまがもっとも絶滅に近いのでしょう。


☆☆ 経済的な合理性は戦争を防ぐのでしょうか?


一方、戦争を恒常的に行いながらも、人類が未だに絶滅してはいません。
そのことは、どう説明したらよいでしょうか。

それは、たまたまでしょうか。

あるいは、富が世界中の株主に共有されているためでしょうか。

グローバル企業を所有している大株主たちは、人口が減る、売上が減る、
よって、配当が減る。だから、世界戦争には反対でしょう。

グローバル化により、富はグローバルに所有されています。
一方、国富という考えもありますが、それはローカルな概念です。

なんともいえない、こうした不安定な社会環境で、いま、わたしたちは、株式会社が永続するかどうかを考えているわけです。

正確には、個別企業の配当の永続性についてです。

株式会社からの配当列を永続的なものと仮定できるかどうかは、まず、
人類の今後の在り方に依存する、ということですね。

種としての永続性は人類として最重要な課題となっているのです。


☆☆ 投資家として、長期の投資スパンをとる。その価値はあるのか??


個人には限りある命しかありません。

ですから、自分が死んだら、後はどうでもよい、のです。

これを株式投資に当てはめると、企業の株価なんて、自分が生きている間、
自分が売るときに、上がっていたらそれでよいのです。

しかしですね。そんなに都合よく世の中は自分に合わせてはくれません。

まず、宇宙、地球、社会があって、最後に企業があるからです。

たまたま、いま、生きているだけの人間にとって、世界を俯瞰することは簡単ではありません。

ですから、歴史をしっかりと記述することで、世界の中の企業活動を客観的に見ようとしたのでした。

その企業活動は、脈々と続く活動であって、勝手に、自身の生きる時間の枠内に押し込めて見る必要はないのです。


一度、時間軸を取り払い、とっても長い期間において商品を見ましょう。

人が生きている時間は短く、3万日程度でしょうか。

一瞬の人生であるからこそ、人は知らず知らずにうちに、短期志向になります。

一般に、人が成果を急ぐのは仕方のないことです。

だから、そうではなく、長期志向が高い価値を持つようになります。


☆☆ 法人には寿命がありません!


一般的に、不安定な社会は見通しが立てにくいものです。

不安定な社会だからこそ、ずっと先まで見通せるような事業にはプレミアムがつくのです。

多くの投資家は、自らの寿命の範囲内で投資というものを考えています。
ですが、ほとんどの投資先企業は、投資家よりも長く「生きます」。

株式アナリストの多くは、そこで、将来の3年間とか2年間の予想を行うだけです。
それでは、株の本質をとらえることはできません。


今回、言いたかったことです。

少なくとも、企業の提供する製品やサービスの永続性について、思いをはせるのがよいと思います。

それが、「株式理論の筋」というものです。(配当の継続性。企業の持続性。)


法人には寿命がなく、人には寿命がある。

このことが、株式投資を非常に面白いものにしているのです。

そして、法人寿命が永遠であることが、格差社会の原因となっているのです。

このことは、次回に。


今回のコラムが、株の価値を考えてみるきっかけになれば幸いです。


日本株ファンドマネージャ
山本 潤


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


このコラムはいかがでしたか?面白かった・役に立ったと思った方は
是非ワンクリックをお願いいたします!
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山本潤氏の過去コラム → http://okuchika.jugem.jp/?cid=6


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会社は社会の公器

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 億の近道の関係者のみなさま、17周年おめでとうございます。

 17年前、このメルマガを始めたのが編集長と両津さんでしたが、
1年ぐらい遅れてわたしも参加しました。
 いまとなっては、懐かしい思い出です。

 最近、両津さんと編集長が駄洒落さんの講演会の後で、一緒に飲み会。
 二人は大学の同期。
 二人とも酒豪です。
(わたしも二人には随分とお酒を鍛えられました・・・)



●会社は株主のものですか?


株式会社は株主だけのものではありません。
それは、簡単な話で、わたしだって、わたしだけのものではないからです。

ひとつの言い方は、これ。

まず、人はそももそ「モノ」ではありません。
法人も擬人ですから、モノではありません。

もうひとつの言い方は、多重性です。
人といっても、個人個人に多くの属性があります。


わたしを例にとれば、
いま、投資顧問会社の社員です。
そして、理工学部の社会人大学院生でもあります。

子供からみれば父親。でも、両親から見れば子供。
国民でもあり、都民でもあり、江戸川区民でもある。
妻からみれば、夫。

社長からみれば部下。部下から見れば上司でもある。
少年野球のコーチであったり、ジャズサークルのメンバーであったり。

要するに、属する集団が多数ありますね。


国家のために殉職するような職業ではないため、あまり普段考えませんが、
自分の命を賭して国を守る立場の人がいますね。
そういう人にとって、その人はその人だけものではなく、
国家のものでもあるのでしょう。

自殺を罪とする宗教がありますね。
その宗派に属していれば、わたしはわたしのものではない、
ということになります。

なぜなら、わたしがわたしのものであるなら、
わたしがわたしを殺そうがわたしの自由となるはずです。

でも、そうではない。

自分でさえ、自分のものではないのだから、
会社が株主のものであるはずもありませんね。



●株式会社って誰のものだろうか?


株主総会で議案が決まることを考えると、会社の実権を持つのは株主。

もし、株主があなた一人ならば、どうでしょうか。
これは、もっとも単純なケースです。

株主としての提案で経営者を選び、配当を増やすことはできるでしょうか。


その場合、経営方針や利益分配の決定権があなたにある場合、
会社はあなたの自由になるのでしょうか?



●給食と野菜の高騰


そうとも限らないんです。

今年は天候不順で野菜が凶作でしたが、仮に、
ある会社が給食を学校向けに提供するビジネスを営んでいる、とします。
あなたはその会社のたった一人の株主とします。

給食費は年度の初めに決まっています。
その会社は事業として野菜を学校に一定量を収めなければならないのです。

ですが、野菜が高騰して、量が確保できません。
その会社は損失覚悟で量を確保して、自己資本を減らしたとしましょう。

学校給食は極めて公共的なものです。
量が確保できないので、給食はなしです、とすることはできません。

その結果、その会社の株主は損失を被るわけです。


野菜が高騰して、経営者が給食への供給責任を果たした。
その損は、形を変えて、会社への社会的な信用をつくります。

「損をして得をとる」ですね。



●損を分け合う − 対策


会社が、野菜の高騰のおかげで、
損を受け持とうとしたが、損が大きすぎる場合、
なんとかしてほしいと顧客に相談することもあるでしょう。

顧客たる学校側は、あなたの困り具合を見て、状況を勘案して、
それでは、食材の一部を置き換えてみましょうとか、
あるいは、給食の日数を月に1回減らしましょう、
と言ってくれるかもしれませんね。


その場合、会社が負うべき損失を、社会が分かち合ったということになります。
事業の損を社会と負担した、ということです。


会社が株主のものであるならば、
リーマンショックでゴールドマンサックスなどのグローバル証券会社は
つぶれていたはずですね。

ところが、社会的な影響の大きさから公的資金が注入されて
株主は損を被ることがなかった。


原発事故と東電とのケースも考えてみればよいでしょう。
普通なら、債務超過で即倒産です。

そうしなかったのは、法律的な判断ではなく、政治的な判断です。
政治的な判断というのは、社会的なものです。民意というやつですね。

社会が企業を救ったわけですね。

株主は、そのことを忘れてはいけませんね。


逆に、儲かったときは、その儲けは株主だけのものではないことが、
今の例から、容易にわかるでしょう。


持ちつ持たれつ。

株主と会社との関係もそうですし、顧客と会社との関係もそう。
あるいは、会社と会社との関係もそう。



●あらためて、会社は誰のものか?


事業にリスクがあり、株主が損失を被る。
企業がミスをすればその分、株価が下がるので、
株主は損失を株価で補填することになります。

しかし、その会社は社会の中で、何らかの責任を果たしています。

事業には供給責任という社会性やそれを継続することによる
暖簾や信用というものがあります。

商人の世界では当たり前のことでんがな。


持ちつ持たれつ。

この前は助かったよ。
だから、今回は助けてねと。
需要者と供給者との関係は持ちつ持たれつです。



●将来のために、今、損をすることも・・・


事業にはリスクが伴います。
そのリスクを負うことができるのは、企業に余力があるからです。

今回の給食事業のケースでは、簡単に、「自己資本が減った」と書きましたが、
もともと、自己資本がない場合、表面的には自己資本はありますが、
現金がない場合はどうしたらよいのでしょうか。

現金がなければ、資金繰りをしなければなりません。
資金繰りができなければ倒産。事業は継続できません。


保有現金は、事業を継続するためのリスク・バッファのようなものですから、
おいそれと配当として外部流出させることが得策とは限らない場合もあります。

会社の現金は株主のものかもしれませんが、今だけの株主のものではなくて、
未来の株主のもの、未来の顧客のものとも言えるからですね。


今の株主、未来の株主、顧客、社員等、ステークホルダーを
同じ社会の構成員として同等に扱うのが自然な姿です。



●株主が無数にいる場合、会社は誰のものでしょうか?


会社を100万人の株主で少しづつ保有する場合、
もはやひとりひとりの株主は希薄な存在にすぎません。

100万人をひとつのコンセプトとして、
株主としてくくることは形式上はできます。

ですが、100万分の1の保有に対して、
「会社を保有している」という意識が持てるはずがありません。



●会社と個人との類似点


当たり前のことが当たり前とは限りません。


個人の保有する現金はその個人のものでしょうか。
当たり前と思われるかもしれませんが、そうとも言い切れないですね。


法律ではそうかもしれません。

しかし、実際は、そのときどきの関係者の置かれた状況によるものでしょうね。


たとえば、使い切れない現金をあなたが保有している場合を考えてみましょう。
そうですね、たとえば、10兆円を保有している、
と仮定しましょう。(ありえませんか!?)

その10兆円は、日本の仕組みでは、遅かれ早かれ、
相続税として課税される運命です。

多くのお金持ちは、慈善事業に寄付したり、
パトロンとして画家や音楽家を援助したりしていますね。
個人のお金であっても、それは、結局は、国家のものであったりするのです。


スケールを変えてみます。

あなたが10万円を保有しているとしましょう。
その10万円は、あなたが自由に使い方を決まられるお金でしょうか。

それも、人が置かれた状況によりますね。

子供の学費になる。
住宅ローンの返済原資になる。
生活費となる。
生活費となる場合、家族のために使うのですから、
あなたの自由にはなりません。


お金は誰のものであるのか?


その答えは、状況次第なんですね。


株主会社は誰のものでしょうか?

その答えは、そのときどきの社会情勢によるわけです。
時代による、ということなのでしょう。



●国家は誰のものでしょうか?


国家はそもそも国民が信託した体制です。
主権者たる国民が選挙にて、代表を選ぶのです。

それなのに、各々の国民には、国家を所有しているという実感がありません。


国家のお金は誰のものでしょうか?
国民のものでしょうね。


同時に国家の借金は誰の借金でしょうか?
やはり、国民のものでしょうね。

いま、国家は膨大な借金。企業が膨大な内部留保。
国家がインフラを整えて、大企業がそのインフラで儲けるから、
お金の流れが一方的になります。

個人も国家も企業も実は表裏一体の存在なはずなんですがね・・・


わたしは、わたしのものかもしれないが、同時に、わたしだけのものではない。

個人は社会の一部です。
国家は個人のものであると同時に、他人のものでもある。

公園がみんなのものであるのと同様に。

個人の存在もみんなのためにあり、社会も個人のために存在する。


つまり、「会社は社会の公器」である。

まったく、現実を表しているよい文句ですね。
公器。みんなのうつわ。

まあ、会社が株主だけのものでないから、
アクティビストが極端な要求をしても、
会社は彼らのいうことなんか聞きませんよね。

アクティビストの言う通りにしていたら、
企業統治は公正さを欠くことになりかねません。


配当を増やして、
現金がなくなり、事業リスクバッファが足りなくなる。
事業転換や研究費や設備投資ができなくなる。


そうなったら、本末転倒でんがな。


日本株ファンドマネージャ
山本 潤


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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利子と利回り

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■有限の現実世界と無限の複利世界

 全宇宙の原子の数は10の80乗を越えない程度であることが観測結果からわかっているそうです。
 複利で1000年運用すれば、計算上、宇宙の原子の数を超える金銭価値が得られます。
 1円のコインに原子が何個使われているかを考えれば、10の80乗億円のコイン(コイン10の80乗個)を実現することは不可能です。

 ネズミ講は必ず破綻するのは、複利の世界が現実の世界とは全く違うからです。


■複利計算

 小さな塵も、積もり積もれば、山となる、といいますね。

 株式投資では、将来の配当や業績の見通しが不確実です。
 様々なリスク、つまり、不確実性があります。
 それらは、期間が長ければ長いほど、積み上がっていきます。

 公共性が高い事業には、国有化のリスクがあります。
 この先、10年間は顕在化しないかもしれませんが、20年先、30年先はわかりません。
 ですから、30年間のリスクは20年間のリスクより相応に高く、リスクは期間に応じて、複利で増えていきます。
 複利でリスクを捉えるならば、50年先のリスクは大きすぎる。だから、どんなにリターンがあっても、リスクの大きさから、そのリターンはカウントされない。

 1000年の寿命がある橋と50年の寿命がある橋とが同一な価値とされるのです。

 現状、6−7%のリスクが株式には観察されています。
 そうしたリスクを複利で計算するのが現代の投資理論です。

 配当を現在価値に割り引くと、たとえば、50年先以降の配当はもはや現在価値がゼロと算定されます。

 複利のリスクは、単に、確率の計算にすぎません。
 実際に起こりうるだろうリスクたちをすべて集めて合計したものです。
 そして、このぐらいならリスクをとっても、投資として割が合うな、割が合わないなという判断材料になっているのです。

 具体的には、今の株価と将来の配当の列とを比べて、投資の回収の見通しやリターンの見込みを検討するわけですね。


■短期志向を産んだ現代の投資理論

 複利計算でリスクを計算するため、息の長い長期のプロジェクトは敬遠されます。
 すぐに儲かる短期決算型のプロジェクトが好まれるのです。

 たとえば、1000年の寿命がある橋と50年の寿命しかない橋があり、橋の価値を測るとしましょう。
 1000年の橋は50年の橋の40倍の価値があるはずです。

 ところが、投資理論では、50年先以降はゼロと査定されますから、50年の橋も1000年の橋も同じ価値と判断されるのです。

 複利の世界では、本当に価値のある現実の世界のプロジェクトがゼロ査定、つまり、「無価値」となってしまうのです。


■価値あるものが無価値とされる投資理論

 この矛盾のために、机上の計算であるはずの利子は、短期のものとして、限定的な条件の中だけで許されてきました。

 古代ローマでは、債務者が死去したときに、債務も消滅する、というこれまでにない新しい立場をとりました。
 借金取りは、かつては、債務者が死んでも、その親族や子供たちに債務が受け継がれる、という立場でした。

 日本でも、つい最近まで、20%を超える高利のサラ金が社会問題となりました。
 1万円の借金が10倍、100倍にすぐになってしまう自然界には存在しない複利の暴力が合法化されていました。

 複利の暴力に対して、時代は、様々な対抗策をとってきました。
 例えば、古代ローマでは、借金は死んだら返さなくてもよいという制度が導入されました。
 無限に膨らむはずだった利子に債務者の「寿命」という制限をつけて、複利の暴発を抑えることで現実の世界を守ったのです。


■複利が世界規模で許された現代とその終焉

 事情が変わったのは、現代。

 株式会社が制度上、寿命がないため、自己資本をどんどん膨らませていく一握りの勝ち組企業群に対して、現制度では有効な対抗策がありません。
 タックスヘイブンに資産が移れば、課税できないからです。

 どんな企業であっても、必ず、社会インフラを活用して利益を得ています。
 たとえば、自動車メーカーは、道路を国民のおカネで整備したから、車が売れるのです。
 ですが、メーカーは日本国には十分な税金を納めません。

 本来なら、道路の整備も車メーカや運送会社が負担するべきだ、となっても、全く正当な議論であり、それは、おかしなことではありません。
 現実は、車を所有する人々からの税金で世の中を回しているのだから、会社はいいとこだけをとっているわけです。

 あるメーカーの資本は50年で1万倍以上になっています。
 このペースで資本が増えていったので、株式の投資家は儲かったのです。


■実世界の自然利子と空想世界の計算上の利回り

 そもそも、利子という概念は、生命の成長と密接に関わっていると思います。
 文字通り、人間にとって、「利となる子」たちです。

 たとえば、森林は、ある環境の中では、1−2%の樹木の総量を増やすことができます。
 バイオマスは、太陽エネルギーや水などの天然資源や生命という種の保存の法則を使って、過不足なく、無理なく、燃料を自然から頂戴しようという作戦です。

 こうした自然からの恵みで、人類は2万年ともいわれる期間、生き延びてきました。
 家畜や農業は自然の利子率の法則で運営されています。
 穀物は、実り、種を残し、その種を巻き、また、実る。それを何千年と繰り返す。
 牛からミルクをいただく。牛が子供を生む。その子供が大人になる。ミルク
をいただく。それを繰り返す。

 それで世の中が回るのは、麦に寿命があり、牛に寿命があるからです。
 生命体が細胞分裂を繰り返しても、世の中が回るのは、細胞がほどよく死んでくれるからです。

 状況が変わったのは、
 産業革命と資本主義が結びつき、帝国主義の領土の拡大が進み、勝ち組の企業が富を寡占化していった後です。

 つまり、現代。

 イノベーションにより、供給能力が大幅に増す中で、勝ち組が寡占化する過程が、たまたま、資本が複利で増えるという現象に見えただけ。
 それは、たまたま、この100年間だけ、可能であっただけ。

 株式投資のリターンとは、現象であって、過去、たまたまよい時代があった、ということにすぎません。

 いま、もう、ビジネスに拡大余地はなく、地球が供給過剰に陥りましたね。
 もう、現代で、貨幣に利子をつける正当性は全くありません。

 もともとは、利子は自然の恵みであったのです。それは、親が死ぬから、均衡が保たれていたのです。

 一方、ビジネスの世界の利子とは、リスクの裏返しの確率計算にすぎないのです。
 ところが、法人が死なないため、利子という調達概念が、事業利回りという運用概念に置きかわりました。

 時間軸を伸ばせば、利益が全宇宙の原子の数の制限を越えてしまう。

 複利とは本当に恐ろしい魔物です。

 対策は、みんなで考えるしかありません。
 グローバル企業にあと命は50年だけね、という企業寿命を人工的に導入するのが一案。
 あるいは、グローバル企業を選定して、その内部留保にすべての国が毎年一律に課税するの案も有力です。

 いま、利回りという複利現象は、寡占化を通して、ブラックホールのように、世の中の財を大企業が吸収しています。
 そして、彼らは、その財を溜め込むだけで、社会へ十分な還元がありません。

 10の80乗という宇宙原子の数は物理的に越えられません。
 勝ちすぎたグローバル企業は、自然界の摂理に反します。


■あとがき

 事業を複利計算で見積もることよりも、長期の視点で、プロジェクト評価を行うことで、短期の利回り志向を脱却すべきかなと思えます。

 現在価値ではなく、未来価値へ。

 単に利益の出る仕事ではなくて、社会にとって意義のある仕事を長期で行うように心がけたいものです。

 1000年の橋を次世代と共に描きたいものです。
 1000年の国家像を考えることで、短期志向に染まりすぎた私たちの頭を、一度、リセットしてみたいものです。

 10の80乗個の原子の中の一部でもある私たちの有限な命を、本当に意味のあること、意義のあることにだけ使いたいものです。


日本株ファンドマネージャ
山本 潤


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